小林まさひろ (ハンダース)の終活はブログや葬儀の準備!末期がんで死亡した小林まさひろの生き様に迫る!!

ハンダースの小林まさひろ 葬儀は終活を行うことによって、娘や参列者に感動を与えるものとなった!爆報!theフライデーで報じられる、小林まさひろの終活の内容とは!?74

小林まさひろ(ハンダース)が大腸がんステージⅣを患った際、彼はブログの更新や葬儀の準備など、自分なりの終活を行った後、この世を去った。

ザ・ハンダーズで活躍した小林まさひろ、ふぐ料理専門店「参虎」を経営しているときから、すでにステージ4の大腸がんを患っていたのである。

今回は、追悼の意をこめて、小林まさひろ(ハンダース)が経営していた、ふぐ料理専門店「参虎」について、そして彼が大腸がんと闘っているときに、大切にしていたもの・・・についてクローズアップしてみた。

 


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【小林まさひろ(ハンダース)という男の生き様!】

1953年生まれの、享年62歳。

元お笑い芸人として活躍していたが、メンバーの桜金造が仕事をサボり、リーダー格だった小林まさひろが責任を被る形で芸能界を去った。

その後、俳優などをしていた時期があったが、人生を見直す機会がでてくる。

 

愛する嫁と結婚を決意したときに、フラフラしていてはいけないと、一大決心!!

芸能界をスパっと引退して、ふぐ料理専門店 参虎を赤坂にオープンしたのである。

 

小林まさひろ(ハンダース)は大腸がんステージステージⅣだった!ふぐ料理店にかけた人生!余命3ヶ月を生き抜いた男の生涯に迫る!

ふぐ料理専門店の店主としてがんばった25年。

還暦を迎えるときに、彼はふぐ料理専門店を閉めて、地元横浜の鶴見に居酒屋参虎としてリニューアル移転をする。

 

生前、最後に小林まさひろが経営していたお店の情報が以下の通りである。

●居酒屋 参虎

●場所・・・〒230-0038 横浜市鶴見区栄町通り3-36-6
ゴム通り沿い平安小学校前栄町通コインパーキング隣

●電話・・・045-717-8288

●平気予算は3500円ほどで、メインメニューは以下の通り・・・。

 

小林まさひろ(ハンダース)は大腸がんステージステージⅣだった!ふぐ料理店にかけた人生!余命3ヶ月を生き抜いた男の生涯に迫る!

小林まさひろ ふぐ料理専門店 参虎は居酒屋参虎に変わり、鶴見区に移転!店の場所や予算を解説!追悼の意を込めて、客が急増している! (2)

現在は、店主に不幸があったため、営業を見合わせている可能性がある。

追悼の意をこめて、小林まさひろの店に行かれる場合は、事前に電話することをお勧めする。

 


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【小林まさひろ(ハンダース)の終活はブログ更新!】

小林まさひろ(ハンダース)は大腸がんステージステージⅣだった!ふぐ料理店にかけた人生!余命3ヶ月を生き抜いた男の生涯に迫る!2

5年後の生存率が18.8%という大腸がんステージⅣ。

しかし、小林まさひろ(ハンダース)の場合は、さらに悪く余命は3ヶ月と医師に言われていたという。

 

小林まさひろの大腸がんは、すでに肺と腹膜に転移しており、7時間の大手術を受けたが、医師から伝えられたことは希望ではなく、余命3カ月宣告だった。

 

肺に25個、腹膜に20個の腫瘍が見つかった小林まさひろ。

しかし、彼は元お笑い芸人であるプライドなのか?

「私のからだは全部がんでできています。でも、頑張って治療を続けます」

と前向きな発言をしていたという。

 

そんな大腸がんステージⅣを闘い続けた小林まさひろ。

そんな彼が、たばこや酒を断ち、食事すら出来ない状態になったときでも続けていたもの・・・。

それはブログの更新だったと、息子はコメントしている。

 

小林まさひろが多くの人に提供した笑い、そしておいしいふぐ料理・・・。

彼は自分が大腸がんで倒れた後も、ファンの人を想い、最後までブログ更新を大切にしていた。

そんな彼の生き様がとてもかっこよく見えてしまった。

 

大腸がんステージⅣと闘いながらも、最後まで他人のことを思いやった小林まさひろさんい敬意を払いたい!

心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

 


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